入社前研修は労働時間になるのか?

採用内定者に対して入社前研修を実施する場合、賃金の支払いは必要になりますか?
一定の要件を満たす場合は労働時間に該当しますので、当然に賃金の支払いも必要になります。
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このコンテンツの目次
  • 労働時間と認められる場合
  • 事例詳細

労働時間と認められる場合

  • 会社の指揮命令で行うもの
  • 参加が強制されるもの
  • 一定の場所に一定の時間拘束されるようなもの

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事例詳細

当社は、従業員規模が約70名の、東京都内で印刷業を営む株式会社です。

今年の4月に、3名の新卒者が入社することになっています。当社では、今年から、採用内定者に対して、入社前に研修を実施することにしました。

研修は3日間の予定で、その内容は、当社の工場の見学や、ビジネスマナー等の座学の他、課題を与えてレポートを作成させ、それを発表してもらったり、あるいは先輩社員たちを交えて、一つのテーマに関するディスカッションをしてもらったりする、というものです。

研修への参加は、特別の用事がない限りは、なるべく参加してもらうように、内定者には伝えています。

A社員

入社前研修って、特別の用事がない限りは、なるべく参加してほしいってことだけど、実質強制ってことだよね。

B社員

工場見学とか座学程度だったらいいけどね。レポートの提出とか、時間もかかりそうだし、ちょっと面倒だよね。

A社員

俺なんかさー、まだ卒論も書き終わってないから、余計に大変なんだよねー。

B社員

でも、この不況下で、採用してもらっただけでも、ありがたいと思わなきゃだめよ。

A社員

ところでさー、入社前研修ってさー、日当とかなんか出してくれるんだっけ?

B社員

確か、えーと、交通費と昼飯代で、1日2,000円くらい出してくれるって聞いたわよ。

A社員

どうなんだろうね? 労働時間だとしたら、もう少し払ってもらってもいい気もするけど…。人事部長に聞いてみてよ。

B社員

そんなこと聞けるわけないじゃん。そんなの聞いたら、入社後に何されるかわかんないわよ。

A社員

だよなー。そうだ! 俺、労働基準監督署ってところに行って、ちょっくら聞いてみるよ。

さて、採用内定者に対して、入社前に研修を実施している企業も相当数あると思いますが、入社前の研修は労働時間に該当するのでしょうか?

強制参加なら労働時間に該当する

まず、労働時間は、一般的に使用者の指揮命令下にあって、労務提供のため現実に拘束されている時間のことをいいます。

入社前研修においても、使用者の支配下にあって、一定の場所に、一定の時間、一定の労務提供の目的のため拘束されている場合であって、その時間の自由利用が保障されていない時間については、労働時間であると考えられます。

行政解釈でも、以下のように述べられています。

労働者が使用者の実施する教育に参加することについて、就業規則上の制裁等の不利益取り扱いによる出席の強制がなく、自由参加のものであれば、時間外労働にはならない。

労働時間であるかどうかは、参加が強制であるかどうかがポイントとなります。

したがって、入社前研修が自由参加であり、それに出席しないことについて何ら不利益も定められていないときには、労働時間とはなりませんし、逆に業務命令として参加が義務付けられているような研修の場合であれば、労働時間となりますから、賃金の支払いが必要となってきます。

労働時間に該当するとしても、一体どの程度の賃金を支払えばよいのかということが問題です。

この点については、採用内定段階とはいえ、すでに初任給は決定していることから、その賃金をベースに時給換算して、研修時間に相当する賃金を支払うという考え方があります。

しかし、採用内定の時期は、始期付解約権留保付労働契約の状態であって、労働契約の始期が未だ到来しておりませんので、初任給をベースとした賃金を支払う必要まではないと考えられます。

ただ、少なくとも最低賃金法は適用されますので、地域別最低賃金額以上の支払い義務はあるといえるでしょう。

さらに、集合研修のような場合は、所定の研修カリキュラムの研修予定時間を超えた場合、割増賃金の支払いが必要かどうか、という問題も発生します。

この点については、採用内定者はまだ入社前であって、正社員の就業規則は、原則として適用されませんから、特別の定めがない限り、労働基準法に規定する法定労働時間(1日8時間)を超えたかどうかで判断することになります。

労災保険は適用される?

一方、入社前研修が、労働時間であるか否かという問題の他に、研修中にケガをした場合に、労災保険が適用されるかどうかという問題もあります。

労災保険が適用されるかどうかは、内定者が「労働者」に該当しているかどうかがポイントになります。

入社前研修

「労働者」に該当するか否かは、次のような事情から判断されることになります。

  1. 労務の提供がされている
  2. 労務の提供の対価としての報酬が支払われている

これらの要件を満たせば、労働者に該当し、採用内定者であったとしても、労災保険の適用を受けることができます。

しかし、厚生労働省は、入社前の労災保険の適用に関しては厳格な姿勢をとっており、仮に報酬が支払われたとしても、「恩恵的に支払われたと解釈することもできる」としており、実際に労災保険の適用を受けるためには、以下の3点を満たしていることが条件とされています。

  1. 少なくとも最低賃金以上の賃金を支払っていること
  2. 研修内容が本来の業務と関係性が高いこと
  3. 使用者の指揮命令下に置かれていること

したがって、業務命令で参加が強制されている集合研修のような場合であり、それに対して、一定の賃金が支払われていたとしても、その研修内容が、本来の業務との関係性が薄い場合には、労災保険の適用を受けることができない可能性があります。

このように考えますと、入社前研修を実施する際には、入社前研修が労働時間と判断されないような場合であれば、労災保険が適用されないことはもとより、労働時間と判断される場合であっても、その態様が、業務との関係性が薄ければ、労災保険の適用を受けられない可能性もあることから、万が一のことがあった場合を考え、死亡や負傷に対応した保険に別途加入して、万全の態勢を取っておくことが必要だろうと思います。

入社前研修を実施する場合、それが労働時間と認められるものであるか、また労働者に該当し労災保険が適用されるものかなどの判断が異なってきますので、事前に専門家に確認されることをお勧めします。
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