過重労働による業務災害と民事損害賠償?

当社は、東京の郊外に本社を構える、従業員100人ほどの運送会社です。

当社では、24時間受注対応の体制を採用しており、この不況下にもかかわらず、売り上げが急激に拡大してきております。

24時間受注対応ですから、定期路線を運行する仕事以外にも、臨時便の業務が多く、そのため、臨時便の運転手に対して携帯電話を貸与して、24時間連絡可能な体制をとっております。

こうした臨時便の業務は、近距離、長距離を問わず、日々の作業内容や、始業・終業の時刻も都度変化するといった不規則な勤務ですから、体力的には厳しい面もありますが、その分ドライバーにとっては、より稼ぐことができるということもあり、今までこれといった不満の声はありませんでした。

30歳独身で、入社2年目になるAさんも、臨時便を担当しているドライバーの一人です。

「社長。最近は過重労働による業務災害が増加傾向にあるようで、当社でも注意した方が良いのではないかと思うんですが。」

「そうだなぁ、総務部長。しかし、当社の業務は24時間受注対応が強みだから、なかなか急にはなぁ。」

「そうかも知れませんが、例えばAさんを例に挙げれば、ほぼ毎月、法定時間外労働は、100時間を超えていますし、長距離が終了して帰宅した当日の夜間に、連続して近距離の業務を始めて翌日まで業務に従事したり、自宅で休息する時間がないからと言って、数日間連続して、自分のトラック内に宿泊したりすることもあったようなんです。」

「A君は、入社のときに稼ぎたいって言ってたしな。それにまだ若いし、多少は無理も利くんだろう。直近の健康診断の結果はどうなんだ?」

「もう半年以上前の結果になりますが、特に異常は無かったと思います。若いと言っても、何かあったら済まされませんよ。」

「うぅ~ん。そうだなぁ。確かにその通りだ。配車担当者にも、あまり無理させないように十分注意しておいてくれ。」

「はい、わかりました社長。配車担当者の方には、私から強く念を押しておくことにします。」

そうしたやり取りがなされて数日後のことです。Aさんが運転するトラックが、高速道路を運行中に、前方を走行するトレーラーに追突して、Aさんは即死してしまいました。

「しゃ、しゃ、社長、大変なことになってしまいました・・・。原因は、まだ不明ですが、間違いなく裁判になると思います。」

「そ、そ、そうだな。原因は本人の不注意なのかどうかは分からないが、遺族には会社としてできることを精一杯やらせてもらうしかないな。」

会社は、遺族に対して誠実に対応し、労災の申請も迅速に行うなど、誠意をもって対応しましたが、やはりその後遺族から訴訟の提起がなされました。

遺族は、事故の原因が、超過勤務による会社の安全配慮義務違反により、トラック運転中に注意力散漫になったことによるものとして、安全配慮義務違反の債務不履行、または不法行為に基づき、損害賠償として約6,000万円を請求しました。

裁判所は、Aさんが長時間労働をしていたこと、勤務が不規則であったこと、深夜時間帯の業務が頻繁にあったこと、及び自宅で休息できず、トラック内で睡眠等の休息をとっていたことも多いという労働態様を認定し、事故当時、相当重い程度の疲労状態にあったと推認できるとしました。

その上で、Aさんがブレーキをかけた形跡や車線変更をした形跡も認められないことや、前方のトレーラーも急激に減速したとも認められないことから、本件事故は、Aさんが重度の疲労状態により、注意力散漫・緊張低下状態に至り、これにより相手方のトレーラーを認識することが不可能となったことにより発生したものと認めるべきであるとしました。

過労運転

そして、損害賠償として、約5,000万円の支払いが会社に命じられました。

さて、通常の企業は労災保険に加入していますが、その給付は、あくまでも労働者の財産的損害の一部を補填するものであって、精神的損害を補填する慰謝料としての性質は含まれていません。

したがって、死亡や高度障害が残った場合等の業務災害の場合には、財産的補償の差額と慰謝料を請求される可能性が高いことから、会社としては、民間の保険会社等が運営している「労災上積み補償制度」に加入する等のリスク対応をしておくことが賢明だといえます。

ちなみに、慰謝料の額は、地域や年齢によって差があるものの、平均しておよそ2,000~3,000万円と考えられておりますから、その程度を目安として、加入しておくということになります。

ただし、労災上積み補償制度に加入したとしても、運用面で注意しなければならない事項があります。

一つ目は、労災上積み補償制度は、精神的損害をも補償するためのものであるため、支給された場合には、慰謝料等の請求を放棄するという旨の規定を就業規則に定めて運用をするということです。

こうした規定がない場合、労災上積み補償制度は、労災保険給付の上積みに過ぎず、精神的損害を補償するものではないと主張される可能性があるということに注意しなければなりません。

よって、労災上積み補償制度における補償金は、民事損害賠償請求権の放棄書の提出と同時履行により支払うという旨を就業規則に規定し、そして実際に、本人や遺族から放棄書を取得するという取り扱いを徹底することが必要となります。

二つ目は、労災保険給付の受給者は、必ずしも民法上の相続人と一致しないということです。

つまり、労災保険においては、被災者と生計維持関係であるかどうかを重視しているため、内縁の妻がいれば内縁の妻が受給者となるのに対し、民事損害賠償請求権は相続財産と考えられますから、仮に内縁の妻から放棄書を取得したとしても、法的には効力がないということになります。

したがって、後のトラブルを回避するためにも、労災上積み補償制度の支給対象者を、民法上の相続人とするという取り扱いを定め、民法上の相続人から放棄書を取得するという取り扱いを行う必要があることに注意しなければなりません。


損害賠償のトラブル

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