事故の損失を従業員に損害賠償できるか?

当社は、埼玉県に本社を構える、従業員規模が10名程度の運送会社です。

当社は、トラックを10台程度保有していますが、経費節減の必要性から、保有している車両に付保していた、修理費用等を補填するための車両保険を解約することとしました。

「なぁ、B君さぁ、この前会社が言ってた、車両保険の解約の件だけど、どう思う?」

「社長が、『車両保険を解約するから、これまで以上に安全運転を心掛けろ。』って言ってましたけど・・・。安全運転は、これまでも心掛けてますけどねーーー。」

「だよなーーー。それに、安全運転を心掛けていても事故るときは事故るからなーーー。で、こういうタイミングに限って、事故ったりするんだよなーーー。さて、明日は富山方面まで行かなきゃいけないから、雪道に気を付けなきゃ。」

すると、翌日の昼過ぎに、A社員から社長に電話が掛かってきました。

「・・・あのーーーすいません、社長。ちょっと事故ってしまいました。申し訳ない!」

A社員は、高速道路を走行中、先行車を追い越そうとして、追越車線に車線変更したところ、前方に工事中のパイロンがあったため、それを避けようとして、再び走行車線に車線変更しようとした際に、車両がスリップして、トンネル入り口付近の側壁に衝突してしまったようです。

後日、車両を修理に出しましたが、修理費用は約50万円にもなりました。

「先日、私がこれまで以上に安全運転を心掛けるようにと言ったばかりなのに、どういうことかね!」

「安全運転を心掛けていましたが、路面が凍結していて、スリップしてしまいました。」

「修理業者から聞いたが、車両のタイヤが摩耗していたらしいじゃないか!ちゃんと点検したのかね?」

「確かに私の点検が甘かったかも知れません。でも、すべて運転者に任せきりで、会社にも責任があるんじゃないですか?」

「何だって!いずれにしても、今回の修理費用は、君に全額支払ってもらうからな!!」

「そんなもん、払えるわけないじゃないですか!!こんな会社、今日で辞めさせてもらいます!」

「会社を辞めたって、裁判でも何でもやって、修理代を全額支払ってもらうからな!」

こうして、会社はAさんに対して、損害賠償を求める訴訟を提起しました。

本件について裁判所は、「右認定事実によれば、路面が凍結した状態であり、また従業員は、本件車両のタイヤが摩耗していると認識していたことが窺われるから、従業員には、車両の運転者として、事故の発生を防止すべく、路面の状況や車両の整備状況・積載物の重量に応じた速度で走行する等の安全運転をすべき注意義務があるところ、これを怠り、車線変更をする際にスリップしてしまったものと推認され、会社の車両整備に不十分な点があったことを考慮しても、本件事故の発生につき、従業員自身の過失の寄与を否定することはできない。」として、従業員の過失を認定しました。

過失があるということは、民法709条(不法行為)により、会社に生じた直接の損害を賠償する責任があることになります。しかし、その全額について賠償する責任があるのでしょうか。

最高裁の判例では、「使用者がその事業の執行につきなされた労働者の加害行為により、直接損害を被った場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、労働者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防もしくは損失の分散についての使用者の配慮の程度、その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、労働者に対し、右損害の賠償を請求することができるにとどまると解するべき(最一小判昭和51.7.8茨城石炭商事事件)」と判示されており、本件においても、この最高裁判例を引用して総合考慮した結果、Aさんは、損害額の5%(3万円弱)について負担すべきと判示しました。

自動車事故

なお、先の最高裁判例で示されている基準のうち、「労働条件」、「加害行為の予防もしくは損失の分散についての使用者の配慮の程度」については、例えば車両の運転の場合であれば、過重な労働にならないように勤務時間や休憩時間を工夫し、また安全装置等の物理的な予防策や、教育・指導による事前の防止策を講じたり、さらには損害保険に加入する等して損失の分散を行う等、会社が事前に対策を講じることができます。

こうした事前措置を会社が講じているか否かが、損害賠償額の範囲を決定するのに、大きく影響してくることになりますが、では、会社が、こうした事前措置を講じている場合には、会社は労働者に対して、全額の賠償を求めることができるでしょうか?

先の最高裁判例は、使用者の労働者に対する損害賠償を制限している根拠として、いわゆる、「危険責任(社会に対して危険を作り出している者は、そこから生じる損害に対して常に賠償責任を負わなければならないという考え方)」、及び「報償責任(社会生活において利益を収める者はその収益活動から生ずる損害についても常に責任を負わなければならないという考え方)」に求めています。

そして、会社が講じる事前措置は、いずれも社会に対して危険を作り出さないための措置であって、上記でいう「危険責任」に対する防止策を講じているに過ぎません。

したがって、会社が事前措置を講じている場合、会社には「報償責任」が残っていますから労働者に対して、損害の全額について賠償を求めることはできないと考えられます。

もちろん、会社が事前措置を講じている場合には、会社の「危険責任」は減少しますので、労働者に対する損害賠償請求が認められる範囲が広がることにはなりますが、全額の賠償が認められるのは、故意による場合に限られると思われます。

とは言え、会社が事前措置を講じることは、社会的にも要求されているところであり、企業防衛のためにも必要不可欠です。

特に現在は、先の最高裁判例が出された時代と比較しても、一層、事故を生じさせないシステムを構築することが求められていると言えます。


損害賠償のトラブル

サブコンテンツ

このページの先頭へ