退職勧奨の方法と注意点
- 退職勧奨を行う場合、どんなことに気をつけ、どのような方法で行えばよいでしょうか?
- 退職するかしないかは従業員の自由であることをきちんと理解してもらった上で、脅迫性がないように、就業時間中の20分~30分間で、会社施設で行うことが重要です。合意書は事前に準備しておきましょう。
退職勧奨とは?(解雇との違い)
「退職勧奨は違法だ」などと考えている経営者や人事担当者の方がよくいらっしゃいます。
一方で、退職を勧奨されたとき、「解雇された!」といって誤解している従業員の方もいます。
退職勧奨とは合意による労働契約の解消ですから、労使双方にとってメリットがあるのです。
まずは、解雇と退職勧奨の違いをおさえましょう。
解雇とは、会社が一方的に意思表示をして、労働契約を解消することです。
労働契約の始まりは労使の合意によるものだったにもかかわらず、終わりは会社の一方的な意思表示によるわけですから、トラブルを生じさせることがあるのも、うなずけます。
会社の一方的な意思表示であるために、労働基準法では解雇をするときの規制がふたつ設けられています。
ひとつは、解雇制限です。(労働基準法第19条)
業務の最中にケガをしたり病気になった従業員が療養のために休業する期間とその後の30日間、女性従業員が産前産後休業している期間とその後の30日間は、解雇してはいけないという定めです。
もうひとつは、解雇の予告です。(労働基準法第20条)
解雇をする場合には、少なくとも30日前に予告をするか、30日分以上の平均賃金を支払わなければならないという定めです。
解雇は、会社よりも弱い立場にいる従業員に、有無を言わさず辞めてもらうことですから、このようなルールを守らなければなりません。
一方、退職勧奨とは、会社が従業員に「辞めてくれないか」とすすめる行為を指します。
従業員が退職勧奨に応じるかどうかは、従業員の自由です。
退職を強要することは実質解雇と同じだと判断されることはあり得ますが、退職をすすめること自体は会社の自由であり、違法にはなり得ません。
また、退職勧奨は労使の合意による契約の解消ですから、解雇とは異なり法律上の明確なルールは設けられていません。
会社と従業員との話し合いで、退職するかどうかや、退職するなら退職日をいつにするかなどを決めていきます。
退職勧奨のメリット
合意で始まった労働契約は、合意で終わるのが一番です。
従業員に辞めてもらいたい場合、いきなり解雇をするのは得策ではありません。
解雇は会社の一方的な意思表示であり、労使の合意によるものではないからです。
トラブルになったときには、解雇する事由として相当だったかどうかや、解雇の手続きが妥当であったかが検討されます。
解雇が無効と判断されれば、解雇だといって賃金を支払わなかった期間の賃金を支払いなさいと命じられる可能性があるのです。
退職勧奨には、このような解雇にまつわる法的なリスクを回避できるというメリットがあります。
どのようなことが解雇事由に該当するかを知りたい方は、会員制情報提供サイト「アンカー・ネット」で公開している「解雇要件の判断リスト」を参照してください。
もちろん、無料会員の方もご利用いただけますので、ぜひ無料登録して「特典:労務問題対策20のアイテム」よりダウンロードしてください。
また、退職勧奨により会社を辞めることは、実は従業員にとっても利点があるのです。
失業したときにもらえる雇用保険の基本手当(いわゆる「失業保険」)は、自己都合退職の場合、2ヶ月間の給付制限期間があります。
しかし、退職勧奨により退職して失業した場合には、「特定受給資格者」となり、この給付制限期間がありません。
会社からの給料が支払われなくなったとしても、自己都合退職とは異なりすぐに基本手当がもらえるため、生活のメドがたちます。
話し合いの材料として、この点を踏まえておくとよいでしょう。
特定受給資格者となるかどうかは、給付内容を決定するハローワークが判断します。
当該従業員の雇用保険の加入実績やどのくらい賃金が支払われているかによっても、基本手当がどのくらいの期間、いくらもらえるかが変わります。
詳細は、従業員の居住地を管轄するハローワークにお問い合わせください。
退職勧奨のデメリット
退職勧奨では、従業員に対し、積極的に退職を促して「動機付け」を行うことになります。
会社は従業員よりも、力関係においては常に上位にいるものです。
その関係性を少しでもゆるめるために、労働基準法という特別法が定められているのです。
「会社を辞めようかな」とか「今の会社は自分には合わないので転職しようかな」と考えている従業員に対してであれば、それほど問題にはならないかもしれません。
しかし、「自分のやり方が正しい」とか「悪いのは会社だ」と考えている従業員に対しては、要注意です。
従業員に退職をすすめることは会社の自由であるとはいえ、積極的に動機付けを行うのですから、その手段や方法が社会的相当性を欠く場合には、「不当だ!」とか「パワハラだ!」などと主張され問題視されて、慰謝料を請求されかねないというデメリットがあります。
また、「退職勧奨に応じなければ解雇するぞ」といったような「退職強要」と評価される行為があると、退職届が提出されても、後に「本当は退職したくなかった」等と主張されたり、退職の申し込みを撤回されたりすることもあり得ます。
その場合、従業員の退職の意思表示は無効である(錯誤無効)、あるいは退職勧奨ではなく解雇であると判断される可能性があるのです。
このようなデメリットを解消するためには、退職勧奨が違法となるケースを知り、正しい方法と手順で行うことが大切です。
退職勧奨が違法になるケース
退職勧奨が違法、つまり不法行為とされるのは、退職勧奨の方法や手順が社会的に相当ではないと判断されるケースです。
たとえば、半強制的に退職を促したり、執拗に退職勧奨行為を行うケースが不法行為に該当します。
執拗に退職を迫ったために慰謝料が認められた有名な裁判例として、「下関商業高校事件」があります。
被勧奨者が退職を拒否しているのにもかかわらず何回も呼び出し、数人で取り囲んで退職を勧奨するなどして、被勧奨者の自由な意思決定を妨げた。そのような職務命令が繰返しなされるときには、かかる職務命令を発すること自体、職務関係を利用した不当な退職勧奨として違法性を帯びるものと言うべきである。そして、被勧奨者の意思が二義を許さぬ程にはっきりと退職する意思のないことを表明した場合には、新たな退職条件を呈示するなどの特段の事情でもない限り、一旦勧奨を中断して時期をあらためるべきであろう。よって本件は、被勧奨者に心理的圧力を加えて退職を強要したものと認められる。
下関商業高校事件 最一小判 昭和55年7月10日
また、2011年の東京地裁判決においては、退職勧奨の違法性の一般的な判断基準が示されました。
この判断基準が以後の裁判例でも用いられています。
労働者の自発的な退職意思を形成する本来の目的実現のために社会通念上相当と認められる限度を超えて、当該労働者に対して不当な心理的圧力を加えたり、又は、その名誉感情を不当に害するような言辞を用いたりすることによって、その自由な退職意思の形成を妨げるに足りる不当な行為ないし言動をすることは許されず、そのようなことがされた退職勧奨行為は、もはや、その限度を超えた違法なものとして不法行為を構成することとなる。
日本アイ・ビー・エム事件 東京地判 平成23年12月28日
退職勧奨の方法と手順
これらの裁判例を見ればわかるように、退職するかしないかは従業員自身が選択するものであり、選択は自由であることを、きちんと理解してもらうことが重要です。
具体的には、以下の方法・手順で、退職勧奨を実施するとよいでしょう。
- 脅迫性のないことが原則。退職勧奨する上司は、1人または2人までとする。従業員の自由な意思が尊重できるような雰囲気で行う。
- 時間は20分~30分とし、就業時間中に行う。
- 場所は会社施設とする(弊事務所の顧問弁護士によると、開放的な環境で、できれば、窓のある部屋がよいとのこと)。自宅へ押しかけたり、電話をするような行為はしない。
- 合意書は事前に準備しておく、またはすぐに作成できるような態勢にしておく。ただし、その場で「サインしろ」などの強要は避ける。
また、従業員が「なぜ自分が退職をすすめられているのか」について納得できなければ合意にいたることはできません。
退職勧奨の対象となる従業員に、業務遂行において問題点があるならば、日ごろから注意・指導を口頭・書面によって行い、問題点を改善させるよう繰り返しておくことです。
事案が重大であるなど、場合によっては懲戒処分を行うことも検討します。
何度も注意・指導や懲戒処分を行っても改善できなかったという実績があれば、本人も非を認めやすくなりますから、退職勧奨に応じる可能性が高まるものと思います。
退職勧奨の注意点、リスクと対応方法
退職勧奨によって退職について合意に至った場合でも、従業員から「退職勧奨ではなく解雇にしてくれませんか」といわれるケースがあります。
従業員のためだと思っても、この希望に応じてはいけません。
退職理由が「退職勧奨による合意退職」であるのに、よかれと思って「解雇」としてハローワークで離職手続きをすれば、虚偽の届け出になってしまいます。
この場合、虚偽の届け出をしたとして罰せられるのは、会社です。
罰則の内容は、6ヶ月以下の懲役、または30万円以下の罰金とされています。(雇用保険法第83条1号)
従業員は、2ヶ月の給付制限期間を避けたくてこのような希望を伝えてきているものと思われますので、退職勧奨による合意退職であれば給付制限期間はないことを説明し、正しい離職理由で離職手続きを行ってください。
また、いったん退職について合意にいたっても、口頭よる約束であれば第三者に説明できる証拠がありません。
書面に残していなければ、後に「やはり退職したくない」とか「この条件であれば退職に合意できない」といって、もめる原因になります。
そのため、合意書を取り交わしておくことが重要です。(画像をクリックすると拡大表示します。)
合意書では「退職による合意退職である」という離職理由を明確にしておくこと、合意書に定めた他に「一切の債権債務関係がないこと」の2点を明らかにしておくことが大切です。
また、退職日を明らかにしておきます。
その他、話し合いをスムーズに進めるため、「転職活動準備金」など、一定の解決金を支払うことも考えられます(ただし、前述の通り、解雇とは違って法的なルールはないため、解決金を支払う義務があるわけではありませんし、金額にも法的な定めはありません)。
退職勧奨における合意書のポイントは、会員制情報提供サイト「アンカー・ネット」でも解説しています。
もちろん、無料会員の方も合意書のひな型(Word)をダウンロードしていただけます。
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まとめ
退職勧奨は、従業員に退職をすすめる行為であり、労使の合意による労働契約の解消です。
会社の一方的な意思表示である解雇とは異なり、会社は退職勧奨を自由に行えます。
しかし、退職勧奨の方法や手順に脅迫性があると、違法だと判断される可能性があります。
退職するかしないかは従業員の自由であることを丁寧に説明した上で、退職勧奨を行なうようにしましょう。
以上が、法的な観点から見た退職勧奨の方法と注意点ですが、現実はもっとシビアな話になるのではないかと思います。
「会社にいても処遇はよくならない、だから決断して退職してほしい。」という話が繰り広げられることでしょう。
法的な注意点を踏まえることも大切ですが、最も重要なのは、どんな問題社員であろうと、退職勧奨を受ける人に対して「礼儀」を尽くすことだと考えます。
人は、自分のことを会社にとって重要な人物だと思っているし、思いたいものだからです。
その気持ちをくんで、話し合いをすすめることが本質的なポイントです。
退職勧奨の担当者は、その従業員がおかれている苦しい現状を率直に訴え、退職してもらえるようにお願いし、相手にも十分な反論をしてもらいます。
そして、相手の言い分を真摯に聞く態度を示すこと、場合によっては担当者が「サンドバック」になることが、退職勧奨時におけるもっとも大切なことだと考えます。
退職勧奨や解雇において誤った対応をすると、不要なトラブルに発展する可能性があります。
退職や解雇の実務については、以下のセミナーで詳細を解説しています。
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