賃金の減額が認められない場合?

当社は、従業員規模約20人の不動産販売会社です。東日本大震災以降、業績が急激に悪化しており、今後も厳しい状況が続きそうです。

そこで当社は、営業社員を奮起させて業績の向上を図るために、歩合給制を導入することとし、営業会議の場で、営業社員に発表することにしました。

「震災の影響もあり、当社の業績を維持、向上させて行くためには、皆さんに頑張ってもらうしかありません。そこで、成果を出した従業員に報いる賃金体系に変更することにしました。」

「あのーーー、社長。賃金体系が変更になるというのは、具体的にはどのように変わるのですか?」

「これまでは月給制でしたが、来月から歩合給制を導入します。基本給と精勤手当は毎月固定額を支給しますが、それ以外は、各営業社員の担当顧客数と営業実績に基づいた歩合給として支給します。そして、歩合給の割合に比重をおくため、皆さんの基本給は減額となります。」

「えーーーっ!!!き、き、基本給が下がるんですか?マジっすかーーー!?」

「はい。しかし、皆さんが成果を上げれば、今までよりも多くの賃金を得ることは可能です。ですから皆さんには、是非頑張って成果を上げて頂きたいと思います。新しい賃金体系については、後日回覧版でお知らせし、掲示板にも掲示しておきますので、皆さんご確認下さい。」

こうして営業会議は終了し、後日回覧板で歩合給制の詳細が通知されました。

「Cさん。新しい賃金体系の内容、見ましたか?あれって、まったくふざけていませんか?」

「見たよ。固定給がずいぶん下がるなーーー。基本給は妻帯者が18万円で、独身者が16万円だってな。みんな4~5万円は下がるんじゃないか?」

「そうですよね。こんなんじゃー、やってられませんよ。まったく何考えてんですかねーーー。」

「頑張れば歩合給が増えて、今までよりも多くなるって言っても、そんなに簡単に成果が上がりゃ苦労しないよな。」

そして、歩合給制が導入されて、3ヶ月が経過しました。

結果として、営業社員の半分以上が、これまでよりも多くの賃金を得るようになりましたが、一方で会社の決算は過去最高の赤字を記録するに至り、会社は止む無くこれまで支給していた精勤手当も減額することを決定し、営業社員に通知しました。

「また減給かーーー。これまでは何とか業績上げて踏ん張ってきたけど、精勤手当も減額されたら、今の水準を維持するのは無理だな。」

「Cさんは、まだいい方ですよ。私なんて、これまでも業績が思わしくないから、ただでさえ下がってしまっているのに、精勤手当まで減額されたら大変ですよ。何とかならないっすかね?」

「そうだなーーー。俺だって会社に文句言いたいけど、そんなこと言って、クビにでもされたらかなわないしな。」

さらに半年が経過しました。精勤手当が減額されたにもかかわらず、相変わらず半数以上の従業員は、歩合給制度導入前の賃金よりも上回っています。

「Cさん。俺、もう無理っす。限界っす。俺、まじで、会社を辞めようと思っています。」

「・・・そうかーーー。俺も悩んでるんだよ。女房にも詰められるし、かなり厳しいよ。」

「Cさんも会社辞めた方がいいですよ。そもそも私は歩合給制の導入や、基本給、精勤手当の減額に同意したつもりはありませんよ。これまでと比べて一体いくら給料が減ったことか。取り返せるものなら、取り返したいですよ。そうだ!Cさん!退職した後、会社を訴えて、差額分を取り戻しませんか?」

「そりゃーーー名案だ!相変わらず、D君は悪知恵だけは働くねーーー。でも、そんなことができるもんなのか?」

そして、社員Cと社員Dは、退職後に会社を訴えました。

裁判所は、「上記認定によれば、歩合給制の導入には合理的な理由があり、またこれの導入によって賃金額が上がった従業員もおり、歩合給制の導入が直ちに従業員に不利益な賃金体系であるということもできないし、歩合給制が導入され、これに基づく賃金が支給された後も原告らを含む従業員から苦情や反対意見が述べられたとの事情はうかがわれず、むしろ、営業社員の中には成果主義導入を歓迎する者もいたのであるから、原告らは歩合給制導入を認識し、歩合給制に基づいて計算された賃金を受領することにより歩合給制の導入を黙認していたというべきである。

また、精勤手当の減額についても、賃金を使用者が一方的に減額することは認められるものではないが、原告らはいずれも減額された賃金を受領しており、黙示に承諾していたものというべきである。

賃金減額

この点原告らは、生活のために賃金を受領していたにすぎない旨主張するが、原告らが基本給減額時に被告会社に抗議した等、減額を拒絶した等の事情を認めるに足りる証拠は全くない。

したがって、歩合給制導入及びその後の精勤手当の減額が無効であるとの原告らの主張は採用できない。」と判示しました。

この事例では、変更後の賃金が従業員に支払われ、それを従業員が受領するという行為が繰り返されることによって、従業員には「黙示の同意」があったと認定している点がポイントとなっております。

しかし、それを鵜呑みにしてしまうのは、少々危険です。

別の裁判例では、「賃金の減額・控除に対する労働者の承諾の意思表示は、賃金債権の放棄と同視すべきものであることに照らし、それが労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときに限り、有効であると解すべきである(更正会社三井埠頭事件 東京高判H12.12.27)。」として、単に外形上承諾と受け取られるような不作為(あえて積極的な行為をしないこと)だけでは、労働者の自由な意思に基づくものとは認められないとしているものもあります。

また、労働契約法にも、労働条件は、契約当事者の合意により決定され、その変更も当事者の合意によるものとされており、原則として、相手方の同意なしに労働条件の変更を行うことができません。

したがって、労働条件の変更については、「黙示の同意」によるのではなく、特に重要な労働条件である賃金に関しては、労働契約法の原則に則り、当事者の合意によって変更することが無難であり、且つ、後の紛争リスクの防止のためには、書面によって合意を取り付けることが必要と言えます。


労働条件変更のトラブル

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